「ケータイを忘れていく女」
もともと電話があまり得意ではないあたくしは、外に出かけるときもほとんどケータイを忘れていく。
身近な人々は最初の頃こそ「ったく、意味ないでしょっ!」
とお怒りだったが、今はまずメールで連絡をくれる。賢明な皆様だわ。。
で、ふと、これは確実性の問題かしら?と思ってみる。
例えば仕事とか、社会&生活上の雑事は確実でないと困るし、それには神経も使う。締め切りを守るとか、決められた日にゴミを出すとか、約束事は守るとか。
でも、それ以外には余白というか、どこか曖昧なものを残しておきたいと思ってるみたい。
ケータイは確かに便利。でも、『確実にその相手と連絡が取れる』のは、あたくしとしては特別な時だけでいい。いつでも相手を捕まえられると思うから、待ち合わせに多少遅れても、変更してもヘーキになってしまうよりは。
パソコンもそう。ケータイはともかくこれ無くしては、今や生活は成り立たないのは確か。でもそれは、生活の全てではない。
誰かがパソコンやテレビゲームの話をしてて「機械は疲れないからね」と言った言葉にハッとした。そう、停電か故障でもしない限り、機械は延々と相手をしてくれる。
人が相手ではそうは行かない。疲れたとか、飽きたとか、お腹空いたとか、何か飲みたいとか、ちょっとトイレとか、時にはそれでケンカになったりもする。ちっとも完全・確実じゃない。でも、そこが面白い。
何時でも何でもすべてが確実に自分の思い通りになり続けたら、これほど味気なく、つまらないことってない気がする。そんなのちっともドラマチックじゃないし。
・・・でも、一度くらいはなってみたかったりして・・・、ほほほ。。