うかつなツブヤキ.39

「死刑囚」

3年ほど前の死刑囚を取り上げた「NNNドキュメント」をあらためて見ました。 軽くは論じられないことだけど、なかなか扱われないテーマだけに、再び、とて も興味深く拝見しました。

日本の場合、最終的に死刑が確定すると、そこから先はすべて超秘密主義。その 人たちが、どんなことを考え、どんな生活を送っているのか、私たち一般人には ほとんど何も伝わってきません。

番組では、起床と消灯時間だけは決められているものの、あとはほとんど一日中 自由時間であること。彼らの多くは本を読んで過ごすことが多く、その種類は小 説や週刊誌から、風俗雑誌やヘアヌード写真集まで読みたいものは何でも入手で きること。食べたいものも食べられるし、死刑囚がいる拘置所は刑務所のように 労働も一切ないこと。などなどが元拘置所関係者の口から語られて、その想像と はかけ離れた生活に、かなり驚いたし、腹立たしくもありました。

また同じ死刑囚であっても、罪を心から悔いてずっと被害者の遺族にお詫びの手 紙を書き続ける人もいれば、もう死んだ(殺した)ものはどうにもならないと開 き直ってる人もいて、その心情も実にさまざま。

先進国で死刑があるのは日本とアメリカだけということもあって、日本でも死刑 廃止を唱える動きが活発にはなってきてるようだけど、そんな時決まって思うの は「自分の大切な人が殺されても『廃止』と言い切れるだろうか」ということ。

だから、ある遺族の方が、自分の家族を殺した本人である死刑囚からの手紙を最 初は腹立たしくて読まずに破り捨てていたのが、やがて目を通すようになり、返 事を書くようになり、さらに面会するようになって、最終的には『死刑制度』を 考え直す・・と変化していくのが、とても印象的で、且つ複雑な気持ちにもなり ました。でも結局、その人は刑を執行され、遺族の人は最後の手紙を遺書という 形で受け取りました。

私たちは飽きっぽく、忘れっぽい。大きな事件が起きて、その直後はニュースに も関心を持つけど、それが長い裁判を経て判決が出た時には「ああ、こんなこと あったな」と一瞬思い出すけど、またすぐ忘れてしまう。まして、被害者の遺族 や加害者のその後に興味を持ち続けるということはほとんどない。

事件そのものが多すぎるし、自分の生活で手一杯というのも確かにあるけれど、 時にはこんな番組で当事者の人たちを思ってみるのも、大事なことではないかと 思っております。。

0;MENUに戻る
1;前
3;次

(C)2008 ちぃ